☆ハクナマタタ☆で、Mommy is Fun!

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<<   作成日時 : 2007/04/10 00:49   >>

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去る4月4日。
満開の桜が花びらを散らせる中、
私の母が、この世を去りました。



去年のちょうど今頃に、子宮頸がんと診断され、
5月に子宮の摘出手術を受けました。
それから約一年。
母は、癌との過酷な闘いを続け、
その人生を終えました。

この母の長い闘病生活を
何度か
このブログでも記そうか・・・
と思ったこともありました。
しかし、母の

頼むから、誰にも知らせないでほしい

という強い願いがあったために
そのことを記すことはしませんでした。
母の言葉通り私たち家族は
かなり最後の時まで
親戚や、母の友人、知人にも知らせずにいました。

自分の惨めな姿を見せたくない・・
ということもあったでしょうが、
人に心配や迷惑を掛けることが何よりも嫌いだった母は、

「本当は死ぬ時も
誰にも言わずに逝きたいんだよね。」


と元気な時から言っていたほどでした。


亡くなる1ヶ月前、
3月7日に母はホスピスに入りました。
入る時には、母の余命については
‘特に数字が出される状態ではないので心配はない。’
といったニュアンスのことを前の病院から言われて
移ってきたのですが、
入って数日後には
ホスピスの主治医の先生から

「はっきりとは申し上げられないのですが、半年から一年・・・・の可能性が・・・」と告げられました。

そして、入院から1週間後には

「月単位ではなく、週単位で考えてください・・・」

と・・・・。

その後の母は癌の痛みとの闘いでした。
ちょうど契約社員の任期が終わった妹と
また偶然にも、定年後嘱託で働いていた父が
ちょうど仕事を終える時期だった為、
二人ともそのまま再就職をせずに
交代で泊り込み、母に付き添い看病を続けました。

私はというと
実家から離れていたこと、
子供がいること、そして仕事の準備のため研修をうけていたことなどから
ちょくちょく里帰りしては見舞いに行くことが精一杯でした。

最後の2〜3週間は私の気持ちを察した妹から
細かに母の状態を連絡してもらい
主治医の先生とも数回メールでやり取りをし母の様子を教えてもらいました。

少しでも脚を動かすと激痛が走るようになった母は、
寝返りはおろか、真っ直ぐに横になることすらできず、
いつもリクライニングのベットを斜めにした状態でいたため
数日のうちに床ずれを起こし、最後には下半身全体にそれが及んでいたといいます。

それでも、意識がある間は
私と娘が来ることを知ると

「姫ちゃんが来るから、お化粧しなくちゃ」

と、慌てて眉を描いていたといいます。

孫に今の状態が自分のイメージや思い出として残るのは絶対嫌だ。
もう一度元気になって、前のように沢山孫と遊んであげなくちゃ。


そういっていました。

逢いに行くたび、やせ細り、顔色が茶色になっていく母。
それでも、私と娘の前では苦しむ姿は見せませんでした。

でも本当は、耐え難い激痛に
なんども

「殺してくれ!」

とさえ訴えたといいます。
まさに、拷問だったのだろうと思います。
徐々に痛み止めの麻薬(モルヒネなど)も効く時間の間隔が短くなっていき
ついに継続して薬を投与することになり、
母はずっと眠っているような状態になりました。
それから数日して
私と夫と娘の3人で母に会いに行きました。
こちらから話しかけても、もう全く反応はありませんでしたが、
前日まで喉に痰が溜まり、
呼吸が出来ないほど苦しそうだったというのが嘘のように
静かに穏やかに寝ていた母。

その2日後の朝に、母は息をひきとったのです。

亡くなる2週間ほど前、
まだ少しだけ話が出来る状態のときに
母が私にいいました。

「あなたの気持ちは、よーく分かっているからね。」

看病も出来ず、母の役に立てない自分にいらだっている私の心を
母は察してくれていたのです。
その一言で私は自分のしなければいけないことを
懸命にやろう。
と思うことが出来ました。

もちろん、母の臨終の時には間に合いませんでした。
母は前の晩まで呼吸が困難な状態で苦しそうだったにもかかわらず
急に呼吸が楽になったようで
午前4時ごろに付き添いの妹が安心してうとうとと眠ってしまった間に
逝ってしまったといいます。
そして、その顔はまるで観音様のように幸せそうな笑顔だったと
妹に聞きました。

くしくも母の亡くなった日は、母の母である私の祖母の命日の1日後でした。

きっと、ばあちゃんが迎えに来て、
二人で手をつないで花の中でも歩きながら逝ったんだろうね。


妹とそう話しながら、母がやっと楽になったことに喜びさえ感じました。

母の戒名には
「櫻」の文字が入りました。
この花が好きな母もきっと喜んでいることだと思います。


私はというと、母の遺影を拝み、
葬儀を終えても未だにまだ母がいるような気がしてなりません。
きっと、早くから親元を離れて暮していたせいもあるのでしょう。
今にも、電話がかかってきて

「まだ、お米はあるね??」

と言う母の声が聞こえてきそうな気がします。

親の死をこんなに早く迎えるとは思っていませんでした。
ただ・・・・今心から母に伝えたい。

私は、お母さんの子供に生まれて本当によかった。
私を産んでくれて・・・ありがとう!
たくさんの愛をありがとう。



明日・・・日付が変わったからもう今日だけど、
初七日を迎えます。
これから幾つかの法要を済ませ、
母が天に召され、ゆっくりと過ごせることを深く願います。


さて、今日からこのブログのタイトルを新しくしました。

「Mommy is Fun! 」

は、娘があるとき発した言葉です。

「お母さんが、楽しいの!」

私の母も、本当に明るく楽しく、おちゃめで、ちょっと天然ボケで・・・
そして、愛情深い女性でした。

だから娘への気持ちと、母への思いを込めて。

・・・・・Mommy is Fun!!・・・・・

お母さんって、楽しい! そして、お母さんでいる私って・・・幸せ。


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コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
この度は本当にご愁傷様でした。
お母様との別れ、辛かったことでしょう。心中お察しいたします。またお父様、妹さんも心身共に疲弊される日々をお送りになったことと存じます。

いつかはやって来るものと分かってますが、いざ直面してみるとなかなか信じられない家族との別れ・・・。
「葬儀を終えても未だにまだ母がいるような気がしてなりません」というハクナマタタさんの心境痛いほど分かります。
本当に壮絶に病魔と闘われたお母様、心より申し上げます「お疲れ様でした」。最後に「観音様のように幸せそうな笑顔」を浮かべられてたのは、大切な家族に支えられて本当に幸せだったからではないでしょうか。

ご家族との別れは辛いことだけど、苦しい病魔との闘いから解放されたことは良かったことだと思ってあげてください。
mac
2007/04/10 06:14
実は、4月4日は私の両親の結婚記念日でした。私の親友のお母様の命日が自分の両親の結婚記念日と同じ日になったことにも何か運命を感じます。(勝手に感じてます。)
我が家でも両親そろっての記念日を迎えることは出来なくなりましたが、両親のおかげで自分がいるわけですから今後も感謝していきたいと思っています。

しばらくは寂しい日が続くと思いますが、あなたはお母様の分身です。お母様の優しい気持ち、ご家族の幸せを願う気持ちを引き継いで幸せな家庭を築いてください。それが何よりのご供養だと思います。

今は在りし日のお母様を偲んで感謝の気持ちを捧げてあげてください。

この度は本当にご愁傷様でした。合掌。
mac
2007/04/10 06:15
macさんへ
葬儀の際は、御忙しい中ありがとうございました。
ブログへのメッセージも
本当に本当に感謝します。
年末に、随分ご無沙汰していて
たまたまメールを送ったその日が
お父様の葬儀の日だったこと。
「どうして、こんな時にメールしちゃったんだろう!」と思いながらも、
私も、ただの偶然ではない気がしてました。
不思議ですよね。
macさんがご両親の結婚記念日に
感謝の気持ちを思い起こすように
きっと私も同じ4月4日に亡くなった母と
それから父へも感謝の気持ちを捧げることでしょうね。
おっしゃるとおり、私は母の分身だと思ってます。
macさんの言葉、しっかりと胸に刻んでおきますね。
本当にありがとう・・・。
ハクナマタタ
2007/04/10 20:52
素敵なタイトルに変えたね。
以前から思っていた事だけど、
お母さんの事を話すハクチャンは
ちょっと自慢気で、とっても嬉しそうで、
まるで、小さな子供のようでした。

沢山の愛情を与えてくれた事。
人として大切な事をいっぱい教えてくれた事。
自分を信じる勇気をもつこと。
どんな時でも応援してくれた事。

ハクチャンが話してくれた、お母さんとのエピソードは
笑いあり、涙ありで、全部全部覚えているよ。

お母さんの生き様は本当に素晴らしいものでした。

ハクチャン!!がんばらんといけんよ!!
お母さんが、がんばったみたいにね。
いっぱいがんばったのは知ってるけど、
あえて、ここで 『ガンバレ!!』って言わせて。
どんな時でも私がおるけん、
ハク!!がんばるんよ!!
こちょこちょ
2007/04/10 23:55
そうでしたか。
1年間癌との闘いだったんですね。
「櫻」の文字が入ったお母様の戒名素敵だと思います。毎年桜が咲けばお母様の事を自然と思い起こす事が出来そうですね。
お母さんが亡くなられて改めて感じた気持ち、いずれはきっと姫ちゃんにも通じてくると思いますよ。
だから「Mommy is Fun! 」いいタイトルです。

に〜やん
2007/04/11 11:13
こちょこちょへ
ありがとう・・・なんか・・
コメント読んで泣いちゃったよ(ToT)
そうだよね。
随分、母のこと話したもんね。
うん。母に恥ずかしくないように、
私も頑張って自分の命を大切に生きるからね!
こちょちゃん
ハクナっちょは、頑張るからね。
へこたれそうな時は、
また激を飛ばして!!
「私がおるけんね!」
いつもそういってくれるこちょこちょ。
あなたがいてくれるのが、
とてもココロづよいんよ!
ありがとっ!
ハクナマタタ
2007/04/12 00:58
に〜やん
「櫻」は母の好きな花でした。
きっと本人は
「やっぱりね!!」
と、大満足だと思います。
桜を見ると母を思い出すなんて・・・
なんか、母のイメージがかなりUPです(^^;)
新しいブログタイトルは、
元はといえば、
に〜やんのアイディアなんですよね。
実はあの時のに〜やんのコメントで、
「4月になったら、タイトル変えよう」
と、決めてたんです。
母の死と、重なるとは予想してなかったのですが・・・。
今、ますますこのタイトルが
ステキだなぁ〜♪
満足しております。
母も私もいい名前つけられて、幸せですね。
ハクナマタタ
2007/04/12 01:05
この度の、お母様のご逝去に際し
心からお悔やみを申し上げます。
今月24日は、私の祖母(母方)の命日です。
祖母が亡くなって、丸3年がたとうとしています。
私たちにとって、4月はいつも以上に
祖母を思い出し、色々考える月でもあります。
なので、思いが重なる部分が多々あります。

そして、素敵なタイトルだと思います。
心が表れています。
デメ子
2007/04/13 12:04
デメ子さん
お悔やみのコメントに
心から感謝いたします。
おばあさまも4月がご命日なんですね。
先日妹と話していたんですが、
母の亡くなったのが
温かい春でよかったなぁ。と。
春のぬくもりと供に、
大好きだった故人を思い起こすことができるから・・・。
私は、不思議と母の亡くなった4月が好きになりそうです。

さて、タイトル・・・お褒め戴いて
光栄です。自分も、なかなか好きなので・・。
嬉しいです!ありがとうございます!
これからも引き続きよろしくお願いします。
ハクナマタタ
2007/04/13 22:52
久しぶりにブログに遊びに来てびっくりしました。
しばらく会わないうちにそんなことがあったなんて。
面と向かってうまく言葉で言えないと思うのでここで・・・
ご主人や姫ちゃんに支えられて前に進んで行ってください!!
Little Happy
2007/04/17 21:14
Little Happyさんへ
ありがとう・・・。
とっても、心に染みるコメントです。
Little Happy さんの優しさに感謝!
また明日、いつもどおりに会おうね。
ハクナマタタ
2007/04/19 19:57
ご無沙汰してます。
かなりショックでした。
1年も前からお母さんが大変な状態だったんですね。
以前(これは思い過ごしかもしれないけど)、ちょっと気になる日記があったのですが、もしかしたらその辛い気持ちを必死で耐えていたのかもしれないと今さら思い返しました。

いつもパワフルなハクナマタタさん。
このブログを読んで元気をいっぱいもらっている人は沢山いると思います。もちろん私もね。
きっと、明るく楽しく、おちゃめなお母さんの性格はハクナマタタさんと共通する所なのかもしれません。
今はまだまださみしいと思うけど、どうぞ元気を出して。そしてお母さんが今、安らかであることをお祈りします。
ビッケ
2007/05/13 23:39

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